編み物の楽しさは着る人のことを想いながら素材の糸から選びデザインしながら作品を仕上げていく醍醐味ではないでしょうか。
それはウエディングドレスでも小さなドイリーでも同じです。作品をただ額に入れて飾るだけではなく、着れる、インテリアになる、寒さから守り、暑さをしのげるサマーセーターや、赤ちゃんの物、お子さんのもの、家族の着るものは昔は全てお母さんが作るものでした。
その昔、ニットはアフリカで生まれました。そして、それがヨーロッパに伝わり地場産業として発展してきました。海の男たちの作業着であったり、アラン諸島の産業であったり小さな島を助けた産業であったり様々に発展して世界中に広がり現在に至っています。
でも、共通しているのは家族を想う気持ちです。家族の着るものや手袋やマフラーやまたはインテリアを編んだりするニッターと呼ばれている編み手が居る家は幸せになるという言い伝えが西洋にはあります。
また家族がいなくても、作品作りという趣味でひとつにつながれた和になれるという素晴らしいコミュニケーションの世界でもあります。
YUKOは物心ついた頃から鈎針を教わりましたが、小学校の2年くらいの時には、長編みで編むヘアーバンドがクラスで流行って、当時は珍しかったモヘアの糸で編んでヘアバンドをつけたりしました。
私の小さな頃は手芸がとても盛んでした。家庭の主婦は必ず手芸をしたり、洋裁や和裁をしたりするのが当たり前でしたし、町にはたくさんのお教室がありました。うちの母は洋裁と編み物教室と2つ掛け持ちで通いながら、家中のインテリアや、私のお正月の着物までも作ってくれました。
私は編み物を形にしたくて2002年に手編み講師の資格をヴォーグ学園にて社団法人(NAC)日本編物文化協会の認定手編み講師として取得していますが、これはまだまだ手編み講師としては最低限の資格で、この上には指導員、師範まであります。
それにまだまだ勉強途中で勉強すべきことは山ほどあります。
手編みの心は相手を思いやって1目1目編むということです。手編みは決して難しいことではありません。でも、いくつか上手に仕上げていくポイントがあります。またただ技術的に正確なニットを編めばいいというものではなく、人間的にも成長をしていかなければ、アートですので、良い作品は生まれません。
本当の本来のハンドメイドニットは素材を厳選して丁寧に編んでいるので、個性的で、丈夫で長持ちでお守りにさえなったり、漁師さんが亡くなった際の識別にさえなったりしたそうです。自分にしかわからない箇所を1箇所だけ間違えておき、そこで識別をしたそうです。また、手の油で水を弾くことや、動きやすいことから海の男の作業着になったそうです。その夫の無事を祈りながら、奥さんはセーターを編んでいたというお話には、本当に感銘をうけました。
手編みのよさは、空気を編み込んだり、経験からくる手加減で考えながら作る楽しみです。
自分がこの糸でこんなウエアーものを着たいと想像しながら編むのも大変楽しいです。
またあみぐるみを編んであげて子供が喜ぶ様子や、オーダー物をお届けして喜ばれる笑顔や、その作品を着てくれる笑顔など、素晴らしいシーンに出会います。
最近、わたしのホームページもコンテンツが抱負になりすぎて、いかにもYUKOKNITHOUSEとして儲けようとしているバッタもんハウスに見えますが、本来YUKOKNITHOUSEの原点は、昔のYUKOの子供時代の東京の家のイメージなんです。
それは、着るものも、食べるものも全て子供の笑顔が見たいお母さんの手作りで、学校から帰る途中に角を曲がるとパンを焼く香りがして、弟と走って帰って、焼きたてのバターロールが焼けた端から食べられてしまうような、母はいつも、自分も家も綺麗に飾り、子供たちも綺麗に飾り、父はピアノを弾いている私の横で寝転んで微笑んでいた、あの幸せなイメージであり、幸せな家族が暮らす楽しい微笑や笑いの溢れた家であり、それがYUKOKNITHOUSEのイメージなのです。可愛いことは悪いことではなく、いいことなのです。
何よりも子供のお誕生日やクリスマスが大切で、そんな日には父がターキーを焼き、母がケーキを作る、そして必ず子供には、食べる前に感謝をさせてから食べさせたという、今の社会で失われている何かです。
残念ながら私には子供を産み、そういう家庭を持つことはできなかったので、せめて自分がそういう世界を持ちたかったのだと思います。
一期一会、時は過ぎていき、人の姿も社会も変わりますが、ニットを編んであげたり、教えてあげることでできる素敵なコミュニケーションがあります。
棒やかぎの道具と糸さえあれば一人でもできる趣味です。
またマフラー、帽子、手袋、靴下、からセーター、スカート、スーツ、ウエディングドレス、ティペットなどなど、なんでもできて、ラメ素材などを使えばパーティーにも大丈夫です。ショールやマーガレットなども今とても流行っていますが、手編みはお洒落なのです。
中にはお嫁に行く娘さんや妹さんを思い、素敵な手編みのウエディングドレスを編まれる方もいます。
また、私などは、バレンタインが近くなると手編みのマフラーを編み、プレゼントをしました。
自分で自分が編んだものを着るのは素敵なことだということを、私は先生から習いました。それは自分の個性や着こなしを常に考えてニットの似合う体型を維持するということにもあたります。
美しい洋服は適切なゆとりであるとも教わりました。自分の洋服には、例えばAHなら何センチのゆとり、ウエストには何センチのゆとり、丈や肩幅など、細部にわたって計算をしながら製図をして、素材を選び、作品を仕上げていくことが自分のファッションを見直すことに繋がるのです。
実際の素晴らしい先生方の作品展などに行けば、素敵な作品がたくさん展示されていて、手編みの本などにも素敵な作品が沢山掲載されています。
失礼ですが、みなさんは実際に素敵なニットの作品というものを見たことがないので、私の意味するお洒落な手編みのことが理解できないのだと思います。ぜひ、素敵な先生方の作品や展示会に足を運んでみて、実際の作品の素晴らしさを観てください。
ニットは1目編んでまた1目編むだけのことなので、難しいことではありません。昔は編んでいた人もまた思い出して編んでください。また初心者の方もぜひチャレンジしてください。
ニットはとても心が豊になる通年の趣味です。余暇を楽しむには最適です。家にいてもすることがないなどと言えなくなります。
また近年ではアメリカの9,11テロのあとに、ニューヨークに傷を負った人々がダウンタウンに集うニットカフェが出来、手編みブームとなりました。それが今パリから東京に来てほぼ1年になります。手先を動かす、編むということがOLさんの癒しになり大手町にニットカフェができて、日本でもあちらこちらに、YUKOもこの街にそういう場所をお借りできたのですが、大変残念なことになってしまいました。
編むという作業は、体の血行もよくなり、改めて見直されています。今はまさに日本が編み物ブームなのです。日本の糸メーカーさんも昨年からさらに様々な糸を開発したりイタリアやフランスの素敵な糸を国内メーカーさんでマージンを乗せないで扱っているメーカーさんもあります。
だから、YUKOはそんな素敵な趣味を女性も男性も御年配の方もお子さんも、みなさんが持たれて、することがないなどということがないようになればいいと思います。そちらのほうが自分の作品を売るより、いいことです。何よりも社会が平和になります。
ですから、ニットは一回着たら伸びるとかいう概念は手編みにはないのです。手編みのセーターは高いと思いがちですがそれだけに、手間隙がかかります。
お手入れを自分ですれば自分の作品の反省にもなります。手洗いまたは洗濯機のウールコースでネットに入れて洗えますし手編みのセーターはずっと着ることができます。また手洗いも今はアクロンやエマールなどお手ごろな洗剤があり、洗濯ネットもたくさんありますから濡れている状態で伸ばさなければ決して洗っている間には伸びません。仕上げにコーティングの柔軟材も静電気を防いでくれます。
自分が着るものを自分で編んでお手入れをすることの大切さを先生は教えてくださいましたが、やっと最近その本来の意味がわかってきました。
良いセーターは昔のアラン諸島の漁師さんのように身を守り、暖かく動き易くてとてもいいものです。
またみなさんが忘れているハンドメイドの心や家庭や家族や愛する人を思いながら編むことが普及していけばいいと思います。
自分や家族の物くらいは自分たちで作る、編む、そんな気持ちが相手を思いやる気持ちと通じたらと思います。
一度頂いた尊い命を傷つけあって失うことがないように。。。
手つくりの暖かな温もり